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認知症介護を続けるための心得〜ズボラと自己愛の大切さ〜

認知症介護を続けるための心得〜ズボラと自己愛の大切さ〜

認知症介護は、いつまで続くかわからない長い道のりです。真面目で頑張り屋さんほど、完璧を目指して心が折れてしまいます。でも、ドクターハッシーが提唱する「ズボラであれ」という考え方は、介護を続けていくための本質的な知恵なんで笑えてしまうのですが参考に!

なぜ「ズボラ」が必要なのか

認知症介護には明確なゴールがありません。相手の症状も気持ちも、自分の思い通りにはなりません。そんな中で100点を目指せば、必ず自分が壊れます。

掃除は命に関わらない程度でOK。料理は総菜や冷凍食品で十分。毎日お風呂に入れなくても大丈夫。洗濯物がたまっても死にはしません。60点で十分、いや50点でも生きていればOKなんです。

「愛=質×量ゼロ」という真実

ドクターハッシーは、介護における愛について重要な指摘をしています。質がどんなに高くても、量がゼロなら答えはゼロ。つまり、どれだけ「愛している」と思っていても、頑張りすぎて

自分が疲弊していれば相手に届く愛はゼロになってしまうのです。

イライラしながらの介護は、愛ではなくストレスを与えます。自己犠牲を続けた結果、憎しみや怒りに変わることもあります。介護者が壊れたら、被介護者も守れなくなりますよね

自分を愛することが全ての前提

飛行機の緊急時、「まず自分が酸素マスクをつけてから、他の人を助ける」と言われます。介護も同じです。自分が満たされていないのに、人を満たすことはできません。

自分を愛するとは、自分の限界を認めること。休むことに罪悪感を持たないこと。「できない自分」を責めないこと。助けを求めることを恥じないことです。

週に1回でも自分だけの時間を作る。好きなものを食べる、好きなことをする。ショートステイやデイサービスを罪悪感なく利用する。時には逃げてもいい。これらは全て、長く介護を続けるために必要なことなんです。

コントロールできないからこそ、気軽に

認知症介護では、同じことを何度も聞かれ、物を隠されたと責められ、昨日できたことが今日はできなくなります。感謝されるどころか、暴言を吐かれることもあります。これらは全て、コントロールできないのです。

だからこそ、「まあ、いいか」を口癖に。「今日はこんなもんでしょ」と思える心の余裕を持ちましょう。完璧な介護者になろうとせず、失敗しても「明日また考えよう」でいいんです。

介護者の笑顔が最高のケア

認知症の方は、言葉の意味がわからなくても、表情や雰囲気は敏感に感じ取ります。イライラした顔で完璧な介護をするより、笑顔でほどほどの介護をする方が、相手にとって幸せなんです。

手を抜くから余裕ができる。余裕があるから優しくできる。優しくできるから自己嫌悪に陥らない。自己嫌悪がないから続けられる。これがズボラ介護の好循環です。

罪悪感を手放そう

「手を抜いて申し訳ない」「もっとできるはずなのに」。そんな罪悪感を感じていませんか。でも考えてみてください。あなたが倒れたら、誰が介護しますか。

自分を大切にすることは、相手を大切にすることです。罪悪感は、あなたを助けてくれません。デイサービスやヘルパーさんを使い倒し、便利家電や宅配サービスをフル活用して、頼れるものは全部頼りましょう。

今日も、ズボラでいきましょう

介護は短距離走ではなく、マラソンです。ペース配分を考え、時には歩いてもいい。給水所で休憩を取りながら、今日1日を完走すればいいんです。

完璧じゃなくても、ズボラでも、今日1日を乗り切れたなら、それは十分すぎるほど頑張った証拠です。あなたは十分頑張っています。完璧な介護者なんていません。休むことは逃げることではありません。

認知症介護に正解はありません。あるのは、あなたと相手が共に生き延びることだけです。ズボラでいい。完璧じゃなくていい。まず自分を愛していい。それが、長く優しい介護を続ける唯一の道なのです。

あなたの笑顔が、何よりの介護です。今日も、ズボラでいきましょう。

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